東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7838号 判決 1970年5月07日
原告 赤沢智宏
<ほか二名>
原告ら訴訟代理人弁護士 上田誠吉
被告 日本基督教団井草教会
右代表者代表役員代務者 奥田成孝
<ほか二名>
被告ら訴訟代理人弁護士 宮原守男
主文
一 被告らは各自、原告赤沢智宏に対し金七〇〇、〇〇〇円、原告赤沢潔に対し金一三六、三六〇円、原告赤沢利江に対し金六〇、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四三年六月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決第一項は仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告ら
被告らは各自原告智宏に対し金一、五〇〇、〇〇〇円、原告潔に対し金五三四、三六〇円、原告利江に対し金五九四、三六〇円および右各金員に対する昭和四三年六月一五日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
二 被告ら
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
≪以下事実省略≫
理由
一 昭和四一年一月二〇日午前九時半頃、被告教会の経営するひこばえ幼稚園の園児であり、原告潔、同利江の子である原告智宏(昭和三五年四月一五日生)が、右幼稚園のすみれ組保育室内で、同組の担任教諭であった被告松尾が床上に置いていた熱湯を入れたやかんにつまづいて転倒し、流出した熱湯を浴びて、右前膊部、右大腿、下腿外側、左大腿外側、左下腿内側に原告ら主張のような熱傷を受け、現在なお熱傷性癈痕ケロイドを残している事実は、当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫を総合すると、原告智宏は前示の受傷のほか、右上膊部、左下腿外側、左大腿内側にも原告ら主張のとおりの熱傷を受け、現在なお右大腿下腿部に前示のケロイドを残しているが、右のケロイドについては将来植皮手術を必要とするものであるかもしくはそのような手術を全く必要としない程度に治癒するにいたるものであるかは原告智宏が一二歳頃にならないと断定できないこと、これらの受傷は、被告松尾が前示の保育室中央部で保育用のポスターカラーをとくための熱湯を入れたやかんを自己の右側背部の床上に置いていたところに原告智宏が走って来てこれにつまづいて転倒し熱湯を浴びたために生じたものであるが、被告松尾があわてて同原告のズボン、ズボン下、パンツを脱がせたため、途中から水で冷やしながら右作業をしたことも効果はなく、結局両脚の皮膚がはぎとられてしまったことも右の受傷を重からしめる原因となったものであることを認めることができ、以上の認定を妨げるに足りる証拠はない。なお原告らは、被告松尾が原告智宏に対し水道の蛇口で絵筆を洗うことを頼んだので、原告智宏は水道が出ないことを知らせるために被告松尾にかけよった際に本件事故が起きたものである旨を主張しており、≪証拠判断省略≫他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
二 以上認定の事実によれば、被告松尾が五才前後の幼児のいる保育室の床上に熱湯の入っているやかんを置いたことは、園児の安全をまもるため充分の注意を尽すべき立場にあるものとして、重大な過失であるといわねばならない。もっとも、≪証拠省略≫によると被告松尾が園児に対しやかんに気をつけるよう注意を与えていたことが認められ、右認定に反する証拠はないけれども、五才前後の幼児に対し口頭で右のような注意を与えていただけでは、到底園児の安全を守る義務をはたしたとは解することはできない。次に被告松尾は、広範囲の皮膚の熱傷により皮膚が着衣に密着している場合の救急措置として鋏で着衣を切り裂く等の方法により皮膚がはがれないように万全の注意を払うべきであったのに、前認定のとおり慢然と着衣を脱がせたことも、同被告の右注意義務に違反する重大な過失であるといわねばならない。被告松尾が原告智宏の着衣を途中まで脱がせた後、水で受傷部位を冷やしながら更に着衣を脱がせたという前認定の事情も右過失の程度を軽減せしめるものということはできない。
三 そこで、原告智宏の受傷により、原告らに生じた損害について検討する。≪証拠省略≫を総合すると、原告智宏は昭和四一年一月二〇日から同年二月九日まで入院し、翌日から三月末日まで毎日医師の往診を受け、さらに同年六月中旬まで通院治療を受けたこと、その間原告潔はその主張の期間附添婦を雇入れたことにより、その賃金、車代、紹介手数料として少くとも合計金一〇五、四四〇円を支払い、原告潔、同利江の交通費として少くとも金一〇、九二〇円を支払い、かつ平山医師に対する診療謝礼として金二〇、〇〇〇円を支払い、合計金一三六、三六〇円の金員を出捐したこと(原告らは以上の出捐は原告潔、同利江の両名の各自の出捐にかかるものであると主張するけれども、そのような事実を認めるべき特段の事情も窺われないから、右認定の出捐は原告潔のなしたものと認めるのが相当である。)、およびその間原告利江は原告ら主張の授業料収入金六〇、〇〇〇円を失なったことが認められ、以上の認定の妨げとなる証拠はない。以上は原告智宏の受傷によりその余の原告両名に生じた通常生ずべき損害であるということができる。また、原告らの主張する熱傷性癈痕ケロイドの皮膚移植による治療費については、右の治療が必ず必要であることを認めるに足りる証拠はなく、それが必要となるかどうかは断定しえないこと前認定のとおりであるから、原告らの請求中、右の治療費相当額を本件事故による損害であるとする部分は失当である。
次に、原告ら主張の慰藉料について検討する。先ず原告智宏については、前認定のような同原告の年令、受傷の部位、程度、そのために必要とされた治療の範囲、受傷後数年を経てなお前認定のようなケロイドを残していること、その受傷が園児の安全をまもるべき幼稚園内で担任教諭の重大な過失によって惹起されたものであること、等の事情を考慮すると、被告らが事故の直後原告らに対し見舞金として金五〇、〇〇〇円を贈り、治療費全額を支払い、幼稚園の職員をして八回にわたり原告らの家事手伝をさせたこと(以上の事実は、≪証拠省略≫によって認められる。)を考慮に入れるとしても、同原告の受けた精神的苦痛は甚大であって、これを慰謝するためには金七〇〇、〇〇〇円が支払われねばならないと認めるのが相当である。しかしながら、傷害による不法行為における被害者の父母は、傷害によって被害者の生命が失なわれた場合に比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときに限り、はじめて自己の権利として慰藉料を請求できるものと解するのが民法第七一一条の解釈上相当であるところ、原告智宏の受けた前示の熱傷によっては、原告潔、同利江は未だ右程度の精神上の苦痛を受けたものとは認めがたいから、原告潔、同利江の慰藉料の請求は失当である。
四 そうすると、被告松尾の不法行為により原告らはそれぞれ以上認定の範囲の損害を蒙ったものといわねばならない。そして、被告教会は幼稚園経営のために被告松尾を使用するものであり、被告小塩は被告教会に代って被告松尾を監督するものであることは当事者間に争いがなく、被告松尾の不法行為が被告教会の事業の執行につき行われたものであることは前認定の事実から明らかである。したがって、被告らは各自、原告智宏に対し金七〇〇、〇〇〇円、原告潔に対し金一三六、三六〇円、原告利江に対し金六〇、〇〇〇円およびこれらに対する履行遅滞の後であることの明らかな昭和四三年六月一五日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。よって原告らの被告らに対する本訴各請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泰不二雄 裁判官 橘勝治 細川清)